あそ望山岳会
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山行報告
【報 告 者】島地瓶
【日    時】2008年4月30日(水)〜5月4日(日)
【参 加 者】大倉(島地瓶)、野口(立命館大山岳部)
【日   程】4月30日(水) 熊本駅4:53〜上高地出発14:50〜徳沢16:15〜横尾17:10
5月 1日(木) 横尾4:30〜槍沢ロッジ6:05〜大曲7:10〜水俣乗越8:55〜北鎌沢出合9:50〜北鎌のコル12:40〜P8手前13:30
5月 2日(金) P8手前4:45〜独標8:00〜槍ヶ岳11:40〜槍ヶ岳山荘12:10
5月 3日(土) 槍ヶ岳山荘4:40〜大喰岳5:07〜南岳6:40〜A沢のコル9:43〜北穂高小屋12:00
5月 4日(日) 北穂高小屋4:45〜涸沢岳6:51〜穂高山荘7:05〜奥穂高岳7:50〜穂高山荘8:16〜涸沢9:23〜横尾11:04
        〜徳沢12:14〜明神12:58〜上高地13:40


【北鎌尾根〜穂高連峰縦走】(2008/04/30_04)

≪ 報 告 ≫

【4月30日】晴れ 熊本駅4:53 上高地出発14:50 徳沢16:15 横尾17:10
 自宅からザックをかついで自転車で熊本駅へ。毎度利用の始発リレーつばめ、新幹線のぞみ、特急しなので松本に到着。ここで野口と合流するはずだったが、 先についていた野口が松本電鉄に乗り遅れ、新島々でようやく再会。タイムロスは約30分と最小限ですんだ。
 上高地は連休中とはいえ、中途半端な時期なので人もまばら。身支度を整え、計画書を提出して梓川沿いの登山道を歩き始めた。道は除雪してあり、ところどころ 雪解けの水で道がぬかるんでいた。ほとんどアップダウンのない道を足早に歩いて、横尾山荘に到着。吊橋の下の地面が露出している場所にテントを張った。
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【5月1日】晴れ 横尾4:30 槍沢ロッジ6:05 大曲7:10 水俣乗越8:55 北鎌沢出合9:50 北鎌のコル12:40 P8手前13:30
 この日から雪道歩き。針葉樹林の中のふみ跡をたどる。槍沢ロッジまでは緩やかな勾配。その後、雪山らしくなってきて、デブリを何度か乗り越えると、大きな木も 少なくなる。ババ平はトイレテントとICIの大型テントが一張り。 大曲のあたりでアイゼンを付け、ストックからピッケルに持ち替えて水俣乗越へ直登する。以前3月の 東鎌尾根で敗退した時のエスケープルートだ。テントを張った台地も思い出した。途中から傾斜がきつくなり、柔らかい雪に脚がはまって息が切れた。「槍沢をそのまま 登って行けば簡単に槍に立てるのに」などと思いつつ水俣乗越に到着。ここでオーバーパンツを穿いて天上沢の下りに備える。 天上沢は下りだしこそ傾斜があるものの、 徐々に緩やかになっていった。槍ヶ岳や独標も見える。しかし、足元はでこぼこしたデブリの堆積で、下りなのにぜんぜん楽でない。しかも横の沢からは緩んだ雪がサー という音とともに流れている。規模こそ小さいが雪崩の一種なのでは?と少々びびる。
 一時間ほどで何度もインターネットで見た北鎌沢の出合に。剣岳の平蔵谷よりは小さいが急傾斜の雪渓が稜線まで続いている。登れば登るほど傾斜が強くなり、日光で 雪が腐っていることもあり、遅々として進まない。登っている横をさっきのようにサーという音とともに雪が流れて行く。いよいよ急がないと。なんとか稜線にたどり 着いてほっとしたのもつかの間、北鎌尾根上に残るトレースをたどろうとすると、雪の表面が次々に陥没する。脱出のためにもがく。P8を過ぎたあたりにテントを張ろう と思っていたが、そこまで到達するのは無理っぽい。しばらく進んでいたら雪を踏み固めた幕営跡地があったのでスコップで拡幅してテントを張った。このころから天気は 曇り。
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【5月2日】晴れのち曇り P8手前4:45 独標8:00 槍ヶ岳11:40 槍ヶ岳山荘12:10
 天気予報は曇りとか雨とか言っていたが、朝起きてみると、上々の天気。ハーネスを付けて出発。朝なので少しは雪がしまっているかと思ったが、前日と変わらず、 表面は硬いが、中がスカスカで体重をかけると陥没する。先行者の足跡は雪の上に普通についているのに何で自分たちだけこんな面倒な目にあわなくてはならないのかと いらいらしてきた。しかしP8を過ぎるあたりからまともな雪質になってきた。
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 北鎌の核心は独標(P10)の登りといわれている。取り付きまで来たら、たしかに急傾斜の凹角があった。ノーロープで行こうとする野口を戻らせ、ロープを出した。 大倉リードで1ピッチ目。立ち木とハイ 松でランナーを取り、凹角を出た雪稜の岩にスリングをかけて後続を確保。ロープをしまえるほど広い場所がないので後2ピッチスタ カットで進み、その後雪の斜面を登って独標に到着。雪稜の果てに黒々とした槍の穂がそそり立っている。でかい。しかしここまでくれば射程圏だ。 北鎌尾根を中心に東側の山々には雲がかかり、西の立山方面はよく見通しが利く、変わった天候だ。
 この後P11かP12 あたりで一回懸垂下降したほかは問題なく稜線を 進みP15を越えた。もう山頂に向かって登るだけ。ガスがかかる中、傾斜の強い岩と雪のミックスを慎重に登っていくと、急峻なガリーの基部に出た。もうほとんど山頂に 近い。行こうと思えばノーロープでいけそうだが、最後の詰めで失敗したくないのでロープを出す。 野口がリード。次のピッチを大倉がそのまま登る。岩稜を左に回りこみ、そのままルンゼを登ると山頂の社が目の前に現れた。ビレイポイントがないので誰もいない山頂部 をうろうろした後、一般ルートのはしごにロープを結びつけて野口を迎えた。
 山頂からの眺めはなく、互いの姿を写真に収めただけで下降に移る。一般ルートとはいえ、雪がついているので慎重にならざるを得ない。下る途中やたらと登ってくる 人たちとすれ違う。野口と「もう少し遅く登頂していたらギャラリーがいたのに」などと話しながら小屋に向かった。  ガスが濃いのでここで行動終了。小屋で時間をつぶしたあと、幕営。

【5月3日】晴れ 槍ヶ岳山荘4:40 大喰岳5:07 南岳6:40 A沢のコル9:43 北穂高小屋12:00
 寒い朝。好天の兆しだ。テントから顔を出すと星が見える。前日の残りのアルファ米でお茶漬けを作って食べ、テントを撤収。アイゼンをきしらせ稜線を歩く。ところ どころで脚が雪にはまるが、南岳までは問題なく到着。南岳小屋は屋根しか出ておらず、キレット方面への踏みあとは見当たらない。冬季小屋に入ることができず、小屋の 前でツェルトビバークしたという二人組と話す。南岳西尾根を登ってきたという。
 ハーネスをつけてこの日の核心部、大キレットへ。下り始めると古いトレースが見つかった。しかし、雪が緩んできた今、通過するのが危険なラインも見られる。できる だけ夏道に近いラインを探して下降するが、マーキングがところどころしか出ていないので、行けそうなところを適宜選んでクライムダウンする。一般ルートから外れると とたんに浮 石だらけになるのがこのあたりの特徴だ。雪の詰まったルンゼを降りて行くと最後は岩がベルグラに覆われている。ピッケルを打ち込んで慎重に岩場に降り立ち、 トラバースして活路を求める。下方に鉄梯子が見つかりほっとする。しかし、鉄梯子まで下りるのも簡単ではない。2箇所の鉄梯子を降りきって平坦な稜線に出ると、 ようやく野口の動きをみる余裕が出てきた。ここから長谷川ピークまでは何箇所かで夏道が出ているが基本的には稜線通過だ。北穂高方面からは時折ゴー、とかドーンと いった雪崩の音が聞こえる。よほど引き返そうかと思ったが、そのまま進むことにした。あとで雪崩は北穂東稜を行く登山者が雪庇を処理するために落とした雪によるもの とわかった。
 稜線では岩やハイ松を避けて雪に足を乗せると時折はまった。信州側に出ている雪庇と稜線の間にシュルントが開いてきている。飛騨側の雪面から稜線に出て登りきった 長谷川ピークから、A沢のコルまでは鎖や杭が出ていて、夏山と近い状況だった。A沢のコル手前に作られた通行用のテラスで休憩した。ここから北穂への登りがつらかった。 急傾斜のミックス帯に続き、飛騨泣きの鎖場を 慎重に通過、あとは小屋まで普通の雪面を登るだけと思っていたが、実際には雪崩を避けて稜線を通過するルートを取らざる をえず、鎖も何もないナイフリッジをトラバースしたら次は急登といた按配で精神的に参ってきた。小屋が見えてからはさらに雪が緩み、気がはやる中、60度くらいの斜面 を一歩一歩登るのは忍耐力が要った。しかし、すべての登りには終わりがあるというもので、正午、ついに小屋に登りついた。
 小屋のテラスでほかの登山者から慰労を受け、充足した気持ちでザックを下ろす。パトロールで来ていた県警の方に、この先のルート状況などを聞いたりした結果、雪が 緩みきって危険なのでこの日はここで切ることにした。自分へのご褒美とばかりに、奮発して小屋泊まりだ。涸沢方面を見ると色とりどりのテント村。まだ下のほうから 登山者が続々登ってきており、夕方にはもっとテントが多くなっていた。16時ごろ、槍から単独でキレット越えしてきたという男性が小屋に着いた。

【5月4日】晴れ 北穂高小屋4:45 涸沢岳6:51 穂高山荘7:05 奥穂高岳7:50 穂高山荘8:16 涸沢9:23 横尾11:04 徳沢12:14 明神12:58 上高地13:40
 今日も晴れ。日の出を撮影しようと宿泊者がカメラを持って小屋を出る中、登攀具を身に付け出発。涸沢岳まではまだ危険が残っている。北穂を越えてすぐに岩と雪の ミックスに。踏み跡を参考に、主に飛騨側に道を見つけていく。時々涸沢の方に出ると、早くも雪が腐り始めている。デリケートなクライムダウンやトラバースをやって いると、本当に怖いが、自分の力で道を切り開いて行く充実感もひとしおだ。梯子や鎖場を過ぎ、凹角を登り切って涸沢岳に到着。出発から2時間程度。夏山に近いペースだ。 穂高山荘から縦走する3人パーティーとすれ違った。ここから先はもう安全圏となる。山荘まで下り、ザックを小屋の前に下ろして、奥穂高まで空身で往復する。登り口はす でに行列ができつつあったので、横の雪面を登って追い越したりしてあっという間に奥穂高山頂。西穂への稜線には踏み跡が伸びており、ジャンダルムにも人影が見えて いた。ここでも写真だけとって下降。風が強かった。

 山荘でハーネスやアイゼンをはずし、涸沢へはお約束のシリセード。日光で柔らかくなった雪渓を滑り台に小屋まで下った。
 百張りはあろうかという涸沢テント村の中にある涸沢ヒュッテのテラスで濡れたオーバーパンツを脱 ぐ。ついでにピッケルもしまい、代わりにストックを出して、横尾へと 下る。あちこちに春が来ている。登山者は後から後から登ってくる。日本にはこんなにたくさんの山屋がいたのかと驚く。途中で見えた屏風岩は小積ダキよりは 小さかった。
 横尾からは靴擦れとの戦い。上高地の風呂を目指し、黙々と歩き続ける。徳沢のテントの数に驚き、明神や上高地では一般観光客の多さに驚いた。連休に徳沢まで歩いて きてキャンプをするというイベントが、こんなにポピュラーなものだなんて思ってもみなかった。上高地で風呂に漬かった後、松本に下る。この時間では熊本まで帰れない ので、ホテルを探したがどこも開いていない(お盆ですら泊まれたのに)。しかたなく、読書をしたりしながら夜まで時間をつぶし、駅の通路で朝を待った。近くにいた学生 グループがうるさくてたまらなかった。


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